ウォータースポーツの楽しさを伝える活動をしている中橋啓太さん(右)

ウォータースポーツによる観光振興、地域活性化

  • 徳島

徳島県 三好市 地域おこし協力隊 現役隊員(任期:2020年4月〜)
中橋啓太さん

元日本代表選手がラフティングの聖地・吉野川へ

子どものころから体育が好きで、高校卒業後に愛知県にある大学の体育学部に進んだ中橋啓太さん。卒業後は教員になることも考えたが、ラフティングに挑戦してみたいという思いもあり、就職先を探していた。そんなとき、二つの夢を同時に叶える募集を見つけた。

「岐阜のアウトドア会社でラフティングガイドの募集があり、採用されました。仕事で長良川をフィールドに山登りや川下りをするなかで、ラフティングがどんどんおもしろくなってハマってしまいました。」

中橋さんはガイドの仕事を3年続けたあと、レースラフティングの日本代表選手として、神奈川県平塚市の実業団チームに入団した。インドネシアやオーストラリアなどで開催される世界選手権にも出場し、最高で2位に入るなどの好成績をおさめたが、2019年に5年間の選手生活にピリオドを打った。

「レースラフティング漬けの生活で、それ以外の世界を知らないことに気づきました。そのとき、選手生活はもういいかなと思いました。」

2019年の夏、中橋さんは、たまたま訪れたラフティングの聖地である徳島県の吉野川で、市役所の方に「三好市の地域おこし協力隊として活動しませんか」と声をかけられたという。三好市としても、元日本代表選手が地元に来てくれることで、ラフティングをはじめとする「ウォータースポーツによるまちづくり」を推進できる、という思いがあったようだ。

左)吉野川の上流は切り立った岸壁が美しい景観をつくり、川下りを楽しむ観光客が多い
右)三好市で開催しているレースラフティングの様子。チームの力で激流を下るのが醍醐味だ

「ウォータースポーツの楽しさ」を多くの人に!

吉野川では2017年に「ラフティング世界選手権2017」が開かれ、中橋さんも日本代表選手として訪れたことがあった。この世界大会は、過疎に悩む三好市をラフティングで元気にしたいと、地元でアウトドア観光業を営む方が行政や同業者に粘り強く働きかけて実現したものである。

「吉野川のなかでも上流域の大歩危(おおぼけ)エリアは、水の勢いがすごいです。着任する前にフィールドにしていた利根川は、冬場は凍ってしまい川遊びができませんでした。年間を通して川遊びができる吉野川はとても魅力的です。」

中橋さんが地域おこし協力隊に着任したのは、2020年4月。三好市の「産業観光部まるごと三好観光戦略課」に所属し、ウォータースポーツによる観光振興を行うことが中橋さんのミッションとなった。おもな活動は、池田湖でのラフティングやSUP(スタンド・アップ・パドルボード)、ウェイクボードなどの週末体験会の運営。春から秋に行われる体験会は、家族連れや子どもたちの参加が多いという。

「お客様は地元の人がほとんどですが、香川などの近隣県からもいらっしゃいます。池田湖はダム湖なのでおだやかで、安全に遊ぶことができます。水にふれる気持ちよさ、ウォータースポーツの楽しさを多くの人に伝えたいです。」

そのほか、吉野川をラフティングで下る観光ツアー(コマーシャルラフティング)も運営している。60〜90分ほどの時間をかけて、3〜4kmの距離を下り、中橋さんはガイドとしてラフトボートを操作する。さらに、地元で開かれるラフティング大会のイベント運営も行っているという中橋さん。これらはすべて協力隊としての活動だ。

左)夏季には池田湖(ダム湖)で子どもたちに体験会を開いている
右)ボートに上手に乗るには、みんなで力を合わせる必要があることを知る子どもたち

ラフティングに新たな要素を組み合わせる

中橋さんは今、ラフティングに新たなものを組み合わせることを検討している。

「ラフティングは、ひとつのボートに複数の人が乗って激流を下るという共有感、そしてスピード感が味わえるのが大きな醍醐味です。最近では、企業の研修にラフティングが取り入れられることもあります。互いの連携がとれないとうまくいかないため、組織のチームビルディングに合っているようです。そのほかに、三好市にはジオパーク構想があるので、ラフティングを楽しみながら、地層や大地の成り立ち、動植物などを観察するプログラムを作ることを考えています。子どもたちやシニア世代も楽しめるものになるはずです。」

幅広い年代に体験してもらうとともに、ラフティングの楽しさを障がいのある人にも味わってほしいと考えているのがユニバーサル・ラフティングの普及だ。これは協力隊に手話のできる仲間がいたことから思いついたのだという。

「今まで、ウォータースポーツやラフティングは健常者だけが楽しむものというイメージがあることに気づきました。受入体制を整え、誰もが楽しめる体験をしてもらうことを目指したいです。まずは聴覚障がいのある方を対象にした、アウトドア活動やラフティング体験を企画していく予定です。」

三好市のサポートは、協力隊1人につき職員2人体制と手厚い。スポーツの世界から一転、協力隊として地域に飛び込んだ中橋さんだったが、市役所職員のサポートのおかげで、戸惑ったり悩んだりしたことはなかったという。

「協力隊1年目は行政の仕事の進め方や予算内での事業の進め方などを学びました。2年目では、1年目で学んだことを活かし、ウォータースポーツをより多くの人に楽しんでもらえるような事業へと昇華させ、任期中にしっかりと実績を作りたいと思っています。

ガイドとともにジオパークを体験するラフティングも構想中

協力隊という安定した環境の中で、これからのことを考えることができる

前向きな中橋さんを支えているのは、現在の協力隊としての収入だ。

「アウトドアガイドは年間を通して安定した収入を得るのが難しい。一方、地域おこし協力隊として安定した収入を得ながら、アウトドアガイドの活動ができます。この恵まれた状況のなかで、これからの暮らしについて考えることができるのはありがたいです。」

今後のことについては、家族と相談して決めていくことになるという。

「協力隊のミッションは、観光振興による地域の活性化です。しかし、〝地域のため〟だけに注力するのではなく、地域のことも自分のことも大切に考え、任期終了後を視野に入れながら、やりたいことを見つけていこうと思っています。吉野川というフィールドをとても気に入っているし、協力隊になったことでユニバーサル・ラフティングの普及という新しい夢に出会うこともできました。地域おこし協力隊になって本当によかったと思っています。」

左)2年目の初夏、地域おこし協力隊として地元を知る活動の一環で、田植えを体験した
右)ラフティングツアーで吉野川の激流をガイドする中橋さん(左)

Profile

徳島県 三好市 地域おこし協力隊 現役隊員
中橋啓太さん

1988年、愛媛県生まれ。愛知県の大学(体育学部)を卒業後、岐阜県のアウトドア会社に就職し、ラフティングに出会う。3年間のラフティングガイドを経て、26歳からレースラフティングの競技選手に。世界大会にも出場し上位の成績をおさめたが、もっと別の世界を知りたいと2020年に三好市の地域おこし協力隊に着任した。ラフティングに新たなものを組み合わせるコンテンツ作りに取り組んでいる。